日誌

豆苗は枯れてしまいました

私に生物の面倒をみるなどというのはやはり不可能だったのです。三度くらいは収穫したでしょうか。先日家にコバエが大量発生したのですが、豆苗の付近にもやはりたくさんいるので、近寄るのが気味悪くて水やりをすっぽかしてしまいました。気付けば綺麗な緑色だった豆苗は茶色っぽく色褪せて、元気をなくしていました。あわてて水をやりましたが、水はみるみるうちに濁り、豆苗は枯れていくばかりでした。

何年か前に、水やりを忘れたサボテンが枯れかけたときに、慌てて水をやったら復活したことがあります。豆苗も同じように、水があれば立ち直るものかと思いましたが、どうやら手遅れだったようです。豆苗には申し訳ないことをしました。反省して、今後は決して植物など育てることがないようにしようと思いました。

枯れてしまった豆苗は、いまだに片付けないでリビングに残っています。後回しにするほど嫌になるのはわかっているのですが、どうにも手をつける気にならない。

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豆苗を育てよう

植物に限らず命を預かるのが難しい性分ですが、ただ興味はあります。豆苗を買ってみました。家庭菜園の足がかりです。

そもそも私は野菜を食べると家畜になったような気持ちがするので苦手です。ネギ類は家畜には毒ですから好きです。豆苗は好きでも嫌いでもないですが、強く植物らしい味がします。まあ食べられないことはない。

さて、その成長具合はいかほどか。買ってすぐに茎をすべて切って、根本を水につけておきました。三日ほど経ちましたが、いくつかの茎は伸びています。

なぜか一本だけ長く伸びています。これで正しいのでしょうか。よく見れば他の茎も少しは大きくなっているように見えますから、このまま世話をして、どうなるか見てみましょう。

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鳥の集まる木

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眼球を引っ張る

古くから賢者は暇を賞賛します。何もしないことほど良いことはない。天気が悪ければ眠くなるし、寝ないでいると眩暈がし始める。レンズを外そうとして眼球を引っ張ってしまう。ヘンゼルの指とトリの骨の違いもわからない。肉を焼いて食ってみる。満腹になれば涼しいところで横になる。うとうとしても、寝入ることがない。

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太陽系とキャリア

数十億年後には太陽が死に、我が地球は巻き込まれて消滅するわけですが、それなら人類繁栄のための如何なる活動もするだけ損ではないですか。人類滅亡が早いか遅いかの違いしかない。仮に太陽系を脱して生き延びても、今度は宇宙の死がやってきます。そうしたら宇宙の外へ逃げるのでしょうか?

かつて私は熱心な環境保護論者でしたが、惑星の悲惨な終焉を知ってすっかり厭世家になりました。二十年くらい前のことで、そんなことは私が不安定に暮らしているのと関係ありません。これは宇宙のせいではなく、頭の問題です。

買ってもいない宝くじが当たるのを誰かに祈っていますが、仮に十億円が当たったとして、もはや働かなくとも一生涯安泰のように見えますが、年に二百万ずつ使えば五百年で尽きてしまいます。逆に、年に五百万だと二百年です。それだけ働かずに済むなら喜ばしいことではあります。私の将来設計は、十億が当たるかどうかという話に終始します。

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企業理念

谷崎潤一郎の刺青という小説を初めて読んだとき、

「其れはまだ人々が「愚」と云う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋み合わない時分であった」

という冒頭に感激した。

明治には愚を忘れて激しく軋み合う世界なら、令和はいかほどか。我々のようなのんびりした連中にとっては、ますます住みにくくなるばかり。これ以上愚を失われてはたまらない。綺麗な世界に愚を垂らし続けなければならないと思った。

ともかく刺青という本は私に道を示してくれた。地に足つけずにふらふらするようなやつは阿呆である。阿呆は愚かというわけで、つまりとても良いことなのだ。

鳥没堂はこの世に愚かで無駄なものを増やしたいと思っています。と言っても、よくよく世間を見てみれば、インターネットはいよいよ混沌として愚は元気いっぱいに繁栄している。なら私がどうにかしてやろうなどと意気込むのは無意味なのだ。無意味なら良いことである。

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